リバー・クルーズに魅せられて

こんにちは、増田和美です。

世界地図を見てみよう

膨大な海に囲まれた大陸。
内陸を源流から河口に向かって毛細血管のように縦横する夥しい数の河川。
それらの主な川を辿るリバー・クルーズが近年、注目を浴びている。
海と川のクルーズが齎す魅力は地理的条件からも自から異なる。

寄港地を訪れるにしても、航海中は大海原か、沿岸の景色を外側から「傍観」する形の海のクルーズに対して、リバー・クルーズでは乗船したその瞬間から「参加体験」が始まる。

リバー・クルーズ

キャビンはほとんどが外側キャビンだから、川幅に広さに拘わらず、デッキにいようが、ラウンジやキャビンにいようが、両岸に繰り広げられる現地の人々の営みと息吹に絶えず摂し、自らもその中に溶け込んでいくような高揚した気分になってしまう。
川幅の狭い流域なら、尚更、密度が濃い。
海に比べて、揺れが少ないのもリバー・クルーズの利点だ。

中でもヨーロッパはロマンに満ちた華麗なリバー・クルーズの宝庫。
ドナウ、ライン、マイン、エルベ、ローヌ、セーヌ、ポー、ドウロ、ボルガ・・。
これらの流域に乗客数150人前後の数多のリバー・クルーズ船が就航している。

初めてヨーロッパのリバー・クルーズを体験したのはライン川。
オランダのアムステルダムからスイスのバーゼル迄、4か国を訪れた1週間の旅だった。
年代物のハウスボートと橋の上に並べられた自転車の数々が見事な風物詩を描いている運河の街、アムステルダム。
カテドラルをバックにカフェで寛ぐストラスブルグの粋でお洒落な老若男女。
息つく暇もないほど、両岸に荘厳な要塞や古城が現れるドイツ流域。
同じ川でも国が変わると、河畔の状況が万華鏡を覗くように変化している面白さ。
これこそ私のリバー・クルーズ開眼の旅になったと思う。

あれから40年、ヨーロッパの河川を様々な船で旅した。
その中でも特筆したいのは、念願だったヨーロッパ大横断。
1992年に完成したマイン・ドナウ運河のお蔭で、水路でのヨーロッパ横断が可能になったのだ。
北海のアムステルダムから黒海近く、ルーマニアのジュルジュまでの3000km。
ライン、マイン、ドナウの3つの川とそれを結ぶ大運河で、9か国を越え、西欧、中欧、東欧の文化の変遷を体験する。
伝説に満ちた自然の景観の中を航行し、数多の世界遺産を訪ねる23日間。
内訳はアムステルダムからブタペシュトまでの15日間クルーズとそれに続くジュルジュ迄の8日間、東欧クルーズ。
加えて下船後、ブカレストでの2泊を加えると、25日にも及ぶ壮大な旅だった。
勿論、過去に私が体験したように、各々のクルーズだけに参加する方々も多い。

リバー・ダッチェス

水先人に選んだのはユニワールドの瀟洒で優雅なリバー・ダッチェス。
ロサンジェルスに本社を置くユニワールド社は21隻のラクジュリーな船達を世界中の河川に配船し、欧米のメディアから常に絶賛されている。
そこにはホテル業に長く携わっているオーナー、トールマン女史の類まれな洗練されたセンスが、ハード、ソフト面に生かされているからで、一つとして同じ船はなく、内装も全て異なっている。
これは真のラクジュアリーな船やブティック・ホテルはひとつひとつ、個性を持ってデザインされるべきという、オーナーの確固たる信念に基くもの。
美食への拘りと、ドリンク、寄港地でのツアー、スタッフへのチップなど、全て込の料金設定(オール・インクルーシヴ制)で、究極に寛げる至福のクルーズ体験を約束している。

2003年建造のリバー・ダッチェスは2012年に改装されて130人乗り。
ユニワールド社の船達の中で、ヨーロッパ横断を乗り換えることなく、一隻の船で果たせるのは、ダッチェスのみだった。
後年、SSシップとして建造された、アントワネット、キャサリーン、マリア・テレサ等に比べると、一見、華やかさに欠けるが、落ち着いたインテリアとスタッフの心温まるサービスなど、居心地の良さは抜群で、長期クルーズの我が家として申し分なかった。

アムステルダム出航後、アムステルダム・ライン運河の一つ目のロック(閘門)に入った。ブタペシュト迄の水路1820km、途中68個のロックを通過し、水路を調整する。
それらを眺めるのも私のようなロック好きにはハイライトの一つだ。
2つ目のロックを経て、ドイツ流域のライン川に入ったのは深夜を過ぎていた。

クルーズ3日目、早朝から世界遺産に登録されているロマンティック・ラインを航行。
ライン川の中流、コブレンツからルーデスハイム間の65kmに40個の古城が並ぶライン渓谷最高の景勝地。
両岸の緑深い断崖と谷間を背景に次々と姿を現す古城、砦、教会。
マルクスブルグ城にローレライの岩。
ワグナーやターナー等、当地を訪れた19世紀の芸術家たちは、その素晴らしさと感動をそれぞれの作品に残したのだ。
薄曇りでサンデッキは肌寒く、サービスされたブランディ―入り、コーヒーが有難く、心身に沁みわたった。

フランクフルトを過ぎ、ライン川から支流のマイン川に。
穏やかなマイン川では丘陵を埋めるブドウ畑や珠玉のように点在する村を眺めるだけで、平和な気分に浸れる。
ロマンティック街道のハイライト、ローテンブルグの一日ツアーには、ほとんど全員が参加し、船に残ったのは私を含め、7人のみ。
何よりもマイン川の航行をゆったりと楽しみたかったから。
ダイニングルームもバーも私達だけのためにオープン。何と贅沢なこと!
ハンガリー人、ピアノ・エンタテイナーが美しいメロディーを奏で、2杯目のシャンパーニュが私の前に置かれた頃、船内が騒がしくなった。
ローテンブルグから皆が戻ったのだ。

世界遺産のバンベルグから全長、171kmのマイン・ドナウ運河に入り、翌日、ニュールンベルグを経て、ドナウ川に向かう。
北海と黒海を結ぶ運河の構想は8世紀頃からあったが、具体化し、完成したのは1992年。
バンベルグからケルハイム近くまで、ロックを上りつめ、高さ403mの分水嶺に到達すると、下降して、ドナウ川に繋がる。

ドイツ流域を離れ、オーストリア流域に入ると、陽光を浴びたドナウが煌めく。ドナウを見下ろすメルクの僧院。タメ息の出るような景勝地、優れたワインを産むバッハウ渓谷。

クラシック・コンサートや美術館、絶対に一度は試して欲しい、ザッハー・トルテなど、甘く、カルチャルな思い出一杯のヴィエナを後にブタペシュトを目指した。

クルーズ14日目。
ブタペシュトへの入港は幾度、訪れても胸がときめく。
ブタとペシュトを繋ぐ数々の橋がドナウを飾る。
30余年前、初めてドナウに出逢った時、「青きドナウ」ではなく、茶色味を帯びた川面に、少なからず、がっかりしたものだった。
だが、ブタペシュトで見るドナウは私にとり、いつも青味を帯びて美しい。
夕食後、ブタペシュトの夜景を楽しむクルージングでサンデッキは賑わった。
翌朝、下船し、帰路に向かう乗客にとって、イルミネイトされた眩い「ドナウの真珠」は何よりのお別れのプレゼントになっただろう。

新しい乗客を迎えたダッチェスはクルーズ16日目、ドナウ下流に向けて針路をとった。
ジュルジュ迄の走行距離1156km。
川幅は広いが水路が変化し易く、水位が低いので、航行上、絶えず、注意を払う必要があると言う。

翌朝、ハンガリーのモハーチに到着。
ユーゴスラビア崩壊後の東欧諸国を訪れるのは後半アイテナリーの大きなアトラクションだ。
ここではシェンゲン圏を離れ、クロアチアに向かうので、国境審査を受けなければならない。
ツアー参加者はレセプションからパスポートを受け取り、バスに乗り込んだ。
クロアチア北部のスラヴォニア地方への道のりは平坦な農耕地に眼の覚めるようなヒマワリ畑が続く。
20年前に初めて訪れた時より、街全体に西欧化が進んではいたが、バルカン戦争の発端となったヴコバーでは給水塔に残された銃弾の跡が生々しく、悲しい記憶を呼び起こした。

ドナウとサヴァ川の交流点に位置するセルビアの首都、ベオグラードを訪れ、クルーズ19日目の洋上日は船上でゆったりと過ごす。
ドナウ川とその両岸に聳えるアイアン・ゲイト(鉄門)峡谷と2つのロック(閘門)が見所だ。
セルビアとルーマニアを分かつ134kmの峡谷は航行の安全を図るため、ルーマニア当時のユーゴスラビアが施行したダム建設共同プロジェクトで、1964年に開始し、2つのロックとダムが1972年に完成した。
午後から夜半までかけ、2つのロックを通過。
前半のクルーズで通過した68個のロックに加え、全部で70個のロックを通過したことになる。

ブルガリア第5番目の都市、ルセから、最終日の早朝、ルーマニアのジュルジュに着岸。
23日間のクルーズを終え、バスで陸路1時間半、首都のブカレストを目指した。

まとめ

ヨーロッパ横断、3000kmの旅。
3つの川を辿ると、景色の違いや美しさだけでなく、祖その流域に住む人々の異なった習わしやメンタリティーに出逢えるのは大きな面白味だ。

3つの川の特徴をドイツ人、キャプテン、マイケルはこう語ってくれた。
「父なるライン川」はヨーロッパのハイウエイ。
夥しい交通量と強風が強敵だが、瞬きするのも惜しいような、ワクワク感を齎してくれる。

川の流れも両岸に拡がる景色も穏やかで、旅する人々を平和な気分で満たしてくれるマイン川。
やんちゃ娘のような源流からゆったりとひた貴婦人に成長する中流、下流では奔放な熟女のように振る舞う「ドナウ川」。

これらの特徴は、その流域に住む人々のメンタリティーにも通じるところがあるようだ。
どの川が貴方のお好み?それは、北海から黒海迄、じっくりと3つの川と向き合えば、自から答えが見つかるだろう。
因みに一緒に下船した高齢のアメリカ人夫妻は同じクルーズを2往復した。
リバー・ダッチェスの至福のホスピタリティーに包まれながら、川達とじっくり対話し、その答えをやっと見つけたようだ。

船会社名ユニワールド
船名リバー・ダッチェス
就航年2003年 改装2012年
客室数65室

全長110m、幅11.4m、乗客130名、クルー41名
船籍オランダ、日本総代理店オーシャン・ドリーム

メンバープロフィール

増田和美
増田和美
横浜出身。早稲田大学文学部英文科卒後、渡米。ニューヨーク市、コロンビア大学大学院で応用言語学の修士課程終了。コロンビア大学在学中より、クルーズの魅力に取り付かれ、40数年来、大小さまざまな客船に乗船し、200以上のクルーズを経験している。
1984年、ロイヤルバイキング社のクルーズ・コーディネイター(ソーシャル・ホステスと呼ばれていた)の仕事を皮切りにクイーン・エリザベス2号等の外国客船におき、ソーシャル・ディレクター、東洋文化を紹介する講師等を歴任。現在、客船ジャーナリスト、クルーズ・コンサルタントとして世界の海と川を旅している。
1997年、自身のクルーズ体験を纏めた、エッセイ-、「ウエルカム・アボード」〔集英社〕を出版した。

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